例えば、部屋に空っぽの花器を置いてみた場合、
やっぱりそのまま置いておくのは惜しいので、
せっかくだから花を飾ってみたくなるだろう。
普段は素通りしている近所のお花屋さんを覗いてみたり、
道端に咲く花に目が止まったりするようにもなるかもしれない。
花の生け方や季節の花について調べるようになることもある。
そうするうちに自然と花が身の周りに集まるようになり、
いつしか花のある生活が芽吹き始める。
暮らしの中に『 』(空白)を設けると、
そこにある可能性に意識が働き、行動が生まれる。
そこにある不在性に感情が動き、意味が宿る。
どうやら『 』には、
具体的なモノゴトや象徴的な意味を引き寄せる力があるらしく、
『 』はやがて満たされる。
「空白」と似た言葉に「余白」があるが、
「余白」は中心や主題がある状態で、
その周辺や間に意図的に残された余裕であるのに対し、
「空白」は中心やその一部が欠落した状態であり、
その不在が見る者に想像の余地を与え、
周りの環境や文脈に呼応して「空白」に意味が注ぎ込まれる。
空っぽの花器は「花」という中心が欠落した状態であり、
見る者がその不在に想像を掻き立てられた時、
空っぽの花器に引力が生じて行動を呼び起こし、
結果として「花」を引き寄せるのである。
また、
空欄穴埋め問題の解答が文中の『 』の場所や大きさ、
前後のコンテクストによって導き出されるように、
『 』が引き寄せるモノゴトの内容や質は、
材質や形状、置かれた周りの環境などによって変化する。
広い空間に置かれた大きな壺であれば、
多種多様な植物を取り合わせて豪華さを志向することもあるし、
化粧室に置かれた小さな一輪挿しであれば、
白くて清潔な可愛らしい花が選ばれるかもしれない。
そして、『 』に注ぎ込まれる内容は
眼差す者の感性や暮らしの中のコンテクストにも依存する。
ガラスの水差しは、ある時にはピッチャーとして水を蓄え、
またある時には花入れとして植物を迎え入れる。
所有者によっては、埃を溜め込むことにもなるだろう。
暮らしの中に良質な『 』を設えることによって
生活のリズムや行動は自然環境と美しく調和し、
暮らしの生態系は良い方向へ循環する。
本日も、皆様にとって『 』な一日を◎
テニヲハヲコト、